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東京地方裁判所 平成9年(ワ)17678号 判決

原告

有限会社 ロータス・カオル

右代表者代表取締役

広瀬薫

右訴訟代理人弁護士

矢野欣三郎

被告

右代表者法務大臣

臼井日出男

右指定代理人

小池充夫

安岡裕明

杦田喜逸

渡邉芳雄

吉野隆司

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金七七四七万〇六〇〇円及びこれに対する平成九年九月一二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、国家賠償法一条に基づき、松戸税務署所部職員上田昭夫から原告の税務担当税理士吉岡滋夫を介し原告に対して行われた脅迫言辞を伴う違法な修正申告のしょうようにより、修正申告をさせられ納付せざるを得なかった税額と当初申告額に係る真実の税額との差額の損害賠償金及び訴状送達の日の翌日(平成九年九月一二日)から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。

一  争いのない事実

1  原告は遊技場の経営等を目的とする有限会社である。

2  原告は昭和六三年までは毎年一一月一日から一〇月末日までが、平成元年からは毎年九月一日から八月末日までが事業年度となっており、所轄の松戸税務署長に各事業年度において税務申告をしていた。

3  松戸税務署長は、平成三年二月、原告に対し税務調査を行い、原告が所得を隠ぺい又は仮装したとして、昭和六一年一一月一日から昭和六二年一〇月末日までの事業年度(以下「昭和六二年一〇月期」という。他の事業年度においても同様に記す。)につき一二〇〇万円、昭和六三年一〇月期につき一二〇〇万円、平成元年八月期につき一〇〇〇万円、平成二年八月期につき一二〇〇万円及び雑収入三四三三万三二〇〇円の所得を隠ぺい又は仮装したと認定した。

4  原告は、平成三年一二月七日、修正申告書を松戸税務署に提出した。

二  争点

1  不法行為の成否

松戸税務署所部職員上田昭夫の原告に対する脅迫ないし準脅迫行為が認められるか。

2  消滅時効の成否

原告の損害賠償請求が時効により消滅したか。

三  当事者の主張

(原告の主張)

1 不法行為の成立

松戸税務署所部職員上田昭夫(以下「上田」という。)らは、平成二年一二月二〇日頃、原告の昭和六二年一〇月期から平成二年八月期につき、所得の隠ぺい又は仮装行為がなかったにもかかわらず、隠ぺい又は仮装行為があると認定して、当時の原告の税務担当税理士吉岡滋夫(以下「吉岡」という。)に対し、「原告は一日当たり金五万円を売上除外していることは明らかである。したがって、原告の税務担当税理士としては直ちに修正申告をせよ。もし原告が修正申告をすることを拒むとか、いつまでも決断できない場合には原告に対し青色申告を取り消し、かつ、推計課税をする。」とか、「とにかく原告の経営者に売上除外を認めさせ、修正申告をさせるべきである。修正申告書は当方で作成するので、原告は同修正申告書に署名捺印して提出すればよい。」などと脅迫言辞を繰り返し、執拗に修正申告をしょうようした。上田の右修正申告のしょうようは違法である。

2 原告は、右修正申告のしょうようを拒否すれば、上田からいかなる違法な指示がされるかもしれないと畏怖し、修正申告書を提出せざるを得なかったのであり、その結果として原告は当初申告額に係る税額を七七四七万〇六〇〇円余も超える税額を納付させられ、右納付税額に相当する損害を被った。

3 被告の主張3は否認する。

平成七年四月二七日、原告に国税局の調査が入り、そのため原告が税務関係に詳しい専門家に依頼・調査して上田の違法行為が判明したので、原告が損害の事実を知ったのは同日以降である。したがって、時効の起算点は右同日以降であり、本訴提訴時(平成九年八月二五日)にはいまだ消滅時効は完成していない。

(被告の主張)

1 原告の主張1は否認する。

上田らが行った調査によって、原告には、〈1〉不動産に係る売却益の計上もれがあったこと、〈2〉景品買取りについて仕入れの過大計上があったこと、〈3〉売上記録と帳簿計上の売上に多額の開差があり、売上の除外が認められたことなどから、修正申告をしょうようしたのであり、原告は右しょうように応じて修正申告書の提出をしたものである。したがって、上田の修正申告のしょうようは違法でない。

2 原告の主張2は否認する。

3 消滅時効の完成

仮に、上田に違法行為が存在するとしても、原告は修正申告等により納付すべきこととなった税額の全額を納付するため、平成四年九月三〇日、原告振出の約束手形一二通を東京国税局長に提供し、国税通則法五五条一項に規定する納付委託をしているから、原告は遅くとも平成四年九月三〇日までには、右不法行為による損害及び加害者を知っていたものというべきであり、同日から三年が経過した平成七年九月三〇日には原告の損害賠償請求権の消滅時効は完成していた。被告は、第三回口頭弁論期日において、右時効を援用した。

第三当裁判所の判断

一  本訴が平成九年八月二五日に提起されたこと、及び、被告が損害賠償請求権の消滅時効を援用したことは本件訴訟上明らかであるから、不法行為の成否はひとまずおいて、まず消滅時効の成否について判断する。

国家賠償法一条に基づく損害賠償責任には、民法の規定が適用される(国家賠償法四条)ので、同条一条の損害賠償請求権は、民法七二四条の規定により被害者が損害及び加害者を知った時より三年間で時効により消滅するところ、損害を知るとは、損害発生の事実を知ることであり、損害の程度又は数額まで知ることではないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、仮に原告主張の違法行為が存在し、それにより被告が国家賠償法一条に基づく損害賠償責任を負担するとしても、原告主張の違法行為は上田の執拗な脅迫言辞を伴った修正申告のしょうようであり、原告主張の損害は、修正申告により納付せざるを得なかった税額と当初申告額に係る真実の税額との差額であるところ、原告主張の違法行為は若干の継続性を有するもののその主張に係る損害とを全体としてみれば一回的不法行為の主張と解することができる。そして、証拠(甲一、乙一二、証人吉岡滋夫)及び弁論の全趣旨によれば、原告代表者は上田の修正申告のしょうように対し、疑問があり、納得ができず、強い憤りを感じていたのでなかなか修正申告に応じなかったことが認められ、これによれば原告代表者は修正申告時に、修正申告に基づく所得金額等が原告主張の真実の所得金額等である当初の所得金額等と異なり、原告はその主張に係る損害発生の事実を知っていたというべきである。それにもかかわらず、原告は、平成三年一二月七日、修正申告書を松戸税務署に提出し、右修正申告等により納付すべきこととなった税額の全額を納付するため、平成四年九月三〇日、原告振出の約束手形一二通を東京国税局長に提供し、国税通則法五五条一項に規定する納付委託をしている(乙七)から、原告は遅くとも平成四年九月三〇日までには、原告主張の不法行為による損害及び加害者を知っていたものというべきであり、同日から三年が経過した平成七年九月三〇日には原告主張の損害賠償請求権の消滅時効は完成していた。

もっとも、原告は、平成七年四月二七日、国税庁の査察後原告が各種専門家に調査を依頼した結果、本件事案が明らかになったから、原告が損害を知ったのは同日以降であって、その時から時効は進行するとして、原告の損害賠償請求権は時効によって消滅していないと主張し、これに沿う証拠(甲二、三)が存するが、平成七年四月二七日に行われた国税庁の調査は本訴で問題となっている修正申告とは全然関係がないこと(甲三、証人吉岡滋夫)が認められるので、原告が、本件と全く関係のない国税庁の調査によって初めて本件損害を認識するに至ったというのは甚だ不自然であって、にわかに措信し難い。

そうすると、本件時効の起算点は平成四年九月三〇日と解され、原告の主張する損害賠償請求権は時効によって消滅したものといわざるを得ない。

二  よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 都築弘)

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